【看護師の道を半年で捨てた覚悟】×【全速ターンへの挑戦】=【今はボートが彼氏】
1、基本情報
祖父の血と、半年で下した覚悟――松田真実という遅咲き
- 登録番号 5272
- 氏名(読み) 松田 真実(まつだ・まみ)
- 生年月日 2001年8月19日(24歳)しし座
- 出身地 愛知県豊川市
- 支部 愛知
- 登録期 131期
- 級別 B1級(2026年前期現在)
- 身長 / 体重 155cm / 48kg
- 血液型 A型
- 師匠 大須賀友(4518・愛知支部・A2級)
2022年11月24日、蒲郡1R。
デビュー戦、スタートタイミングはコンマ43。内側にA1級選手が固まる厳しい並びの中、6着で終えた。
目標にしていたのは、勝つことではなかった。無事故完走だった。
それから208走。松田真実が初めて1着でゴールするまでに、それだけの数字が必要だった。
イン逃げだけが答えじゃない
新人選手の初勝利は、多くの場合「早い」ことが評価される。デビューから数十走で駆け抜ける選手がいる一方で、松田は違った。
2023年、出走37回・勝率1.22。苦しい数字が続いた年だった。
派手な武器があったわけではない。まくりで割って入る度胸を見せるタイプでもない。ただ、着実にスタートタイミングを整え、行くべきところに行く。そういう地味な積み上げを続けていた選手だと、ジキルは見ている。
その積み上げが実を結んだのが、2024年9月1日。地元・常滑での初勝利だった。決まり手は、1コースからのイン逃げ。
派手さのない選手が、派手さのない決まり手で初めて勝つ。ここに、松田真実というレーサーの性格がそのまま出ていると思う。

フィギュアとバスケが作った体幹
松田真実は愛知県豊川市出身、131期生。
小学1年生から中学1年生までの約7年間、豊橋フィギュアクラブでフィギュアスケートに打ち込んだ。2014年の岐阜県フィギュアスケート選手権(ジュニアEクラス)では1位。その後は水泳、高校では バスケットボール部に所属している。
氷上でバランスを取り続けた7年間と、コートの中で位置取りを繰り返した数年間。どちらも、艇の上でぶれない体幹と、詰めるべき距離感を測る力に直結しているはずだ。
きっかけは、元ボートレーサーだった祖父・爾見照雄(しかみ・てるお、登録番号1473)の存在だった。1959年デビュー、1着数1378回・優出80回・優勝22回。北原友次、加藤峻二と同期という、競艇黎明期を支えた実力者だ。幼い頃から祖父に連れられてレース場に通い、家ではレース映像が流れていた。
高校卒業後、松田は看護師と警察官という夢を持ち、看護学校(岡崎市立看護専門学校)に進学している。
しかし、消えなかった。
入学からわずか半年で中退を決め、131期養成所の試験に一発合格した。
養成所でのリーグ戦勝率は1.77、同期の中では最下位。夏場の暑さで体調を崩して倒れたこともあったという。それでも無事にデビューまでたどり着いた。
看護師への道を半年で手放す決断と、最下位の成績から歯を食いしばってデビューにたどり着いた根性。この二つは、同じ一本の線でつながっている。
1~3コースで拾う、堅実な型
松田のコース別成績を見ると、傾向がはっきり出ている。
1~3コースでは3連対率が50%を超える一方、4コースから外側になると急激に数字が落ちる。特別なコース幅の取り方や、際どい差しを武器にするタイプではない。内側の型に入ったときに、堅実に崩れず着を拾う。それが松田の現在地だと、ジキルは見ている。
初勝利の決まり手がイン逃げだったことは、偶然ではない。派手な決め手ではなく、型を守り切る精度で結果を出す選手だということが、あの一戦にすでに表れていた。
平均スタートタイミングも1~3コースで安定しており、大きく崩れる場面は少ない。予想する側からすれば、内側の枠に入ったときの信頼度が高い選手、という位置づけになる。
ジキルの眼:看護師の道を半年で捨てた覚悟×全速ターンへの挑戦=今はボートが彼氏
数字だけ見ていると、松田の1~3コースでの安定は「型を守っている」ようにしか見えない。だが、リプレイを追っていくと、その型の中身がここ最近で明らかに変わってきている。
師匠・大須賀友は、松田の基本旋回についてこう評している。
「危ないレース(振り込みなど)をしない基本旋回は俺が仕上げた」
この言葉には裏付けがある。危なげない旋回ができるという確信があるからこそ、大須賀は「早めにスロー水域へ行け」と指示を出している。枠なり進入への移行は、ここから来ている。度胸がないから枠なりに収まっているのではなく、崩れない旋回ができるという保証の上に立った、選択としての枠なりだった。
そして今、松田はその先の段階に進んでいる。
基本旋回という第1段階を終え、今は全速ターンのクオリティを上げる第2段階に挑んでいる。本人はこの技術向上に「終わりがない」と語っている。つまり、今の堅実な着どりは完成形ではない。まだ途中の姿だ。
握って旋回の軌道をブレさせない。全速の中でその精度を上げていく。これができるようになったとき、今は1~3コースに留まっている強さが、外枠でも通用する強さに変わっていく可能性がある。ジキルが見ているのは、まさにその変化の途中経過だ。
競技への向き合い方も、この段階と無関係ではないだろう。休日は友人との予定より練習を優先し、師匠からは「当面はボートに集中しなさい」――ボートを彼氏としなさい、とまで言われている。一点集中の環境が、今の技術的な伸びを後押ししている。
もっとも、一人暮らしを始めたことをきっかけに料理にも挑戦し始めているという。競技に振り切った緊張の中に、少しだけ生活者としての柔らかさも見える。そのバランス感覚も、悪くない。
残りのピース
課題は、外枠に回ったときの絡み方だ。
4~6コースでの3連対率は、1~3コースと比べて大きな差がある。まくりや差しで一気に前を差す場面は、まだ多くない。フィギュアとバスケで培った空間認識が、外から攻める場面でどこまで生きてくるか。ここが、次の伸びしろになる。
もう一つは、師匠・大須賀友との関係の使い方だ。
出会いは2022年12月、津の一般戦。プロペラの調整やレースへの向き合い方を教わったことがきっかけで、自宅が近いことを知り「これは運命だと思って弟子入りした」と本人が語っている。ボートレース蒲郡の公式YouTube「勝ガマ」にも師弟で多数出演するほどの、暴露話をし合える仲だという。
技術だけでなく人柄まで含めて信頼できる師匠を持つ環境は、決して悪くない。あとは、その関係の中でどれだけ多くを吸収できるかだ。
208走目、待った者だけが見る景色
初勝利後、松田はこう語っている。
「細川裕子さんにメンタル面のアドバイスをもらって、そのおかげで落ち着いていけました。今井美亜さんにもスタートの仕方をアドバイスもらってしっかりスタートが行けました。いろいろな先輩のアドバイスのおかげです」
自分の喜びより先に、先輩への感謝を語る選手だ。
208走という数字は、決して早いデビューではない。だが、その間に投げ出さず、看護師への道を捨てた覚悟を裏切らずに積み上げ続けた結果でもある。
祖父が遺した1378回の1着という記録には、まだ遠い。けれど、慌てず内側の型を固めながら勝ちを拾うそのスタイルは、地味に見えて、着実に数字を作っていくタイプの伸び方だと思う。
化けるとしたら、外枠での崩し方を覚えたときだろう。
その日を、まだ待っている。
免責事項
本サイトに掲載する予想・分析・理論は、的中または結果を保証するものではありません。提供する情報はご自身の判断を補完するための参考材料であり、舟券購入を含む最終的な意思決定はご自身の責任においてお願いします。
選手名鑑を含む選手情報については、公式発表や取材内容をもとに掲載していますが、情報の完全な正確性を保証するものではありません。誤りが判明した場合は、速やかに修正いたします。
ボートレースの健全な楽しみ方について
ボートレースは、節度を持って楽しむことが大切です。生活に支障のない範囲で、無理のない適度な楽しみ方を心がけてください。 ご自身の利用状況に不安を感じた際は、専門の相談機関への相談をご検討ください。


